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植物学Ⅹ情報学 Crosstalk 【超人植物学】

当領域で活躍する情報学、植物学、システム工学の専門家が植物学と情報学の融合研究の可能性についてオンラインで対談しました。

 

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対談【超人植物学】

 

 

植田「今日はよろしくお願いします。植物に対する人間の感覚について、まず私の疑問から始めさせていただきたいのですが、植物工場で作る野菜は植物の形を成してないとだめなんでしょうか?最近では人工肉に対する心のハードルが下がっているっている話も聞きますので、もはや培養細胞やユーグレナのような藻類で作った人工植物でもいいのではないかという気もするんですけど。レタスなどの形がないとだめでしょうか。」

 

福田「成形というプロセスにも労力やコスト、時間がかかりますよね。それに比べると例えば培養細胞でレタスの葉っぱを作るよりは、初めから葉っぱを作る植物を育てた方がコストかからないかもしれません。植物工場での生産の方は外での栽培よりもコストがかかりますが、一年中安定的に生産できますのでトータルで安く済みます。植物工場は基本的に採算が取れる方向が見えてきているので、今問題なのは実際の生産における細かい課題ですね。例えば数%の生育効率に影響するような細かなところを見つけ出して潰していくことが非常に大事になっていて、実際そういった研究が多くなっていると思います。」

 

 

稲見「小さい野菜が沢山できてしまったときに3Dプリンター技術などで再構成して大きいものにもできる可能性もありますよ。」

 

福田「VR (Virtual Reality)で野菜を表示して野菜だと思い込んで食べているのに本当はそこにはユーグレナがある、みたいなやり方はどうでしょう。」

 

 

稲見「実際にそういったAR(Augmented Reality:拡張現実)ゴーグルを作っている学生がいますよ。実は本人は体質で豚骨ラーメンが食べられないので、仕方がなく素麺に豚骨ラーメンを映して食べたそうなのですが、意外と豚骨を食べた気がするらしいんですよね。普通のお肉を霜降りっぽく見せたりとかもできるんです。特に色は効果的でダイエットに使う例もあるんです。サイズを変えるということもできるんですよ。クッキーを少し拡大して表示すると、たくさん食べた気分になって食べる枚数が減らせるという研究もあります。植物の場合、ゴーグルでVRを見る以外にもプロジェクションマッピングで見せる手もありますね。近い将来、照明がプロジェクターとして機能するようになれば、視覚に入る周辺のテクスチャーをプロジェクションマッピングによって上書きしたり、行動を誘導できるようになる可能性もあります。」

 

素麺ラーメンAR

素麺をこってりラーメンに変えて映し出すAR技術

(画像は奈良先端科学技術大学院大学博士課程の中野萌士さんより提供)

https://signs0302.github.io/index.html

 

 

IEEE Virtual Reality Conference
"Enchanting Your Noodles: GAN-based Real-time Food-to-Food Translation and Its Impact on Vision-induced Gustatory Manipulation"
Kizashi Nakano, Daichi Horita, Nobuchika Sakata, Kiyoshi Kiyokawa, Keiji Yanai, Takuji Narumi

 

植田「人間拡張技術によって皆の能力が上がると、その人はすでに超人ではなくなってしまうのでは、という意見がありますが、どう思われますか?」

 

中島「たしかに、生物学で超人と呼べるような先生は既に周りにもいるんだけども、皆がそれになってしまって本当に良いのでしょうかね?これはなかなか難しい問題ですね。」

 

稲見「ある時期に超能力と言われているものも、皆が使えるようになった時点でそれは能力に変わるので。超人を常人にするのが実は超人化技術なんです。」

 

中島「それは人間拡張のとらえ方としてコンセンサスがあるのでしょうか?」

 

稲見「結局のところ、研究者として何をやるべきか、という問題なんです。例えば研究分野によっても得意不得意や重要な能力とそうでないものがあると思います。その中である部分はわざわざ人がやらなくても良いものかもしれません。一方で今は能力とみなされてない何かが、将来大きな差異を生み出すようになるかもしれない。」

 

植田「今後大きな差異を生み出すような能力や分野はどうやったら見つかるんでしょうか?」

 

稲見「それは面白そうな分野を探す能力、いわゆる嗅覚、ですね。ゲームを解く機械学習の中でなかなかうまくいってる例としてcuriosity-driven reinforcement learningがあります。要は好奇心を真似た学習様式です。今までに行ったことのない所を探索していくようにすると様々な種類のゲームを早く解けてしまうんですよね。今まで他の人が探索していない分野にどれだけ興味を持てるかということこそが才能になるのかもしれませんね。」

 

植田「稲見先生のご講演の中で紙漉をVRでトレーニングすると効率よく上達するというお話がありましたが、5人中1人だけ全然成長できなかった人がいました。今後そういった技術で教育を受けられる時代になったときに、成長しなかった人は何が足らなかったのか分かるのでしょうか?」

 

 

 

紙漉き体験

紙漉きの動作リズムの主観的追体験システム

(画像は東京大学先端科学技術研究センターの檜山敦講師より提供)

 

稲見「医療も含め今後多くのものがテーラーメイドに近くなってくるんじゃないでしょうか。得意な学習の仕方は人によって違うわけですよね。それでも似たような学習の仕方を得意とする人はほかにもある程度いるはずです。そういう人がうまくいってるならそのやり方を学んでいけばいいとか、その研究方法を学んでいけばいい、といったように自分に合ったモデルを見つけやすくなるかもしれません。一方で、あるスキルを習得する過程で今まで誰も通ったことのない学習の道筋も見つかるかもしれません。スポーツでは今後人間のデジタルな分身をどんどん作って運動を試させていくことにいくことになるだろうという話もよく聞きます。例えば水泳の自由形が将来クロールじゃなくなる時代も来るかもしれません。」

 

中島「すぐ上手くなれる人と、なかなか上手くなれない人の違いをデータとして得ることは可能なんでしょうか?習得を早くする方法があったとして、それに対してすぐに反応できる人と反応できない人の差をデータ化することができるんでしょうか?」

 

稲見「そのメカニズムまで解明しようとするとやはり脳を見る必要がありますが、そこまで深入りしなくて良いなら、ある程度の数の被験者にそういう学習過程をやってもらって、別の事象との相関がないか調べるのが典型的な方法ですね。」

 

中島「全く関係ない脳の活動や運動能力なんかと相関があるかどうか調べるということですか?」

 

 

稲見「そういった相関がみつかると面白いわけですよ。それが因果関係かただの相関かはわからないですが、どういうことが得意になりやすいか分かるかもしれません。」

 

中島「植物学者の中には人間国宝級の技術をもった人もいるんです。オミクス解析のようなコンピュータを使った技術はだれでもある程度再現出来るんですけれども、組織のセクショニングとか、生身での実験はなかなかほかの人間では再現できないんです。そういう人々の技術を分析して保存することはできるのでしょうか?例えばセクショニングの上手い人の体の動きをうまく転移できれば、学生さんがすいすい綺麗なセクションを切れるようになるとかね、そういうことはあり得るかと思うんですけれども」

 

稲見「そういった方のスキルを分析するというのは重要な課題かもしれませんね。中級者ぐらいの方を鍛えるには効果的だと思います。一方で人間国宝クラスの人をさらに上達させることは難しいかもしれません。これはトップアスリートへのコーチングやアシストに出てくる話で、トップアスリートを下手にいじるとむしろ型が崩れてしまうんですよね。」

 

 

植田「同じ分野で別ものを学習する場合はどういう風になるんでしょう?例えばコケを完璧に見けられるようになったら、シダも何となく分かるようになるのか、全然別物ですよってなるのか?」

 

稲見「そこが研究として一番面白いところですよね。スポーツにしても、例えばサッカーが得意な人が他のスポーツも得意とは限らないですよね。それはスキル転移のしやすさの話だと思うんですよ。それが現状の植物学の様々なスキルで、どれが転移しやすくて、どれが転移しにくいのかというところをきちんと整理することが、まずはその第一歩になりますね。」

 

植田「植物を見分ける能力は転移しやすいんでしょうか?コケを見分けられる人はシダも上手く見分けられるよということなんでしょうか?」

 

 

塚谷「これはね、違うんです。分類学者同士でフィールドに調査に行くと、イネ科が得意な人は花が綺麗な植物得意じゃないんですよ。僕なんかは花が綺麗な方が好きなのでそっちは得意なんだけど、イネ科はよく分かんないねって誤魔化すんです。イネ科が得意な人は逆に花が綺麗な植物はみんな綺麗で分かんないって言うんです。見てるとこが違うんですよね。」

 

植田「なるほど。全く違うもんなんですね。」

 

稲見「これはどういうデータセットを学習してきたかという、まさに機械学習的な話ですよね」

 

 

ボルネオにて調査を行う塚谷裕一教授

ボルネオにて調査を行う塚谷裕一教授

 

植田「塚谷先生は植物を一目で見わけられるとのことですが、いつ頃からその境地に至ったのでしょうか?どんなふうに学習していったのでしょうか?」

 

塚谷「たぶん小さい時からですね。中学生の時に当時持ってた子ども用の図鑑で一通り日本の身近な植物を覚えたんですよね。それが後から見た時によくこんなもので分かったなっていうくらいちゃちな絵しか載ってない図鑑で。その後旅行に行ったときに実物を見つけて、これがその植物だって分かったんですけど、帰ってきて図鑑を見てなんでこの絵でこの植物が分かったんだろうって自分でも分からなかったですね。たぶん特徴を抽象的に覚えてるんだと思います。」

 

中島「塚谷さんの図鑑は似顔絵と一緒で、ちゃちに見えて非常に重要な部分が上手く描かれていたんではないですかね。本当にちゃちだったんですか?」

 

塚谷「ちゃちでしたね~。牧野図鑑みたいな精緻な図では全然ないんですよね。色はちゃんとしてるんだけど、形が適当に描いてあって。たぶん絵を描いてる人はその人が大事だと思っている所をしっかり描いて、どうでもいい所は適当に描いてるんだと思うんです。」

 

 

中島「図鑑は写真じゃなくて絵がいいって言われてるのはたぶんそういうことなんですね。」

 

稲見「そこは研究としても面白いですね。図鑑より写真の方が分かりにくい、ということは例えば人の分別機を鍛えるためには写真のセットをたくさん学習させても実は効果が低いのかもしれません。どういう風な前処理をして学習させれば分別しやすくなるのかのヒントを頂けたような気がします。お年寄りに昔のことを尋ねる時も、当時の写真を出すよりも、それっぽい絵を見せた方が記憶をうまく戻してくれるということがあるんです。事件で犯人を指名手配する際に犯人の写真を出すよりもあえて曖昧に見える絵を出したほうが良いという話も聞きますね。」

 

植田「最後に、性能の良い顕微鏡が使えない、高い解析技術もないといった場合に、人間拡張技術を使って解決することができるのか、どうでしょう。」

 

中島「実は顕微鏡そのものが人間拡張技術だ、と稲見さんに言われてあぁなるほどね、と思ったんですよね。ただ非常に高性能な顕微鏡を使える研究者は限られてしまっているので、最先端の顕微鏡という人間拡張は一部の人しか体験できない状況なのですが、人間拡張技術で本来備わっていない性能が機器に加われば素晴らしいですね。」

 

稲見「機械学習は、もはやほぼ全ての分野の人たちに道具として使われ始めています。そこまでいかないと研究分野全体に貢献したとは言えませんし、技術として完成したとも言えないと思うんですよね。今はまず成功の事例をいくつか積み重ねられればという段階で、その中で再現良く活用できそうとか、この分野の内外で広く使えそうなものができればと思っています。」

 

植田「本日はありがとうございました。」

 

謝辞 

AR技術の画像をご提供下さった中野萌士氏(奈良先端大)、主観的追体験システムの画像を提供下さった檜山敦講師(東京大学)に御礼申し上げます。

 

編集

新学術領域研究「植物の周期と変調」広報

 

本記事は2020年9月19日に開催された日本植物学会第84回大会(オンライン開催)におけるシンポジウム「超人植物学」での総合討論を編集したものです。